夜行快速「ムーンライトながら」がなんとか細々と生き残っている事情

先日、JR各社の春の臨時列車が発表されました。JR東海の発表によれば、今年も快速ムーンライトながらが設定されるようです(なぜかJR東日本の発表には見当たらないのですが……)。

ムーンライトながらが走るということは、青春18きっぷが発売されるということでもあります。まぁ青春18きっぷの発売が中止になることはそうそうないとは思いますが(横浜駅が誤報でやめるというパンフレットを出したことはあります)、一応毎年その年の分の青春18きっぷの発売概要をこの時期併せて発表しているので、絶対になくならないとは言い切れません。ただ、年によっては70万枚も売れている大人気きっぷですので、廃止されるようなことがあれば前もって新聞社からリークされそうな気もします。

さて、そんなムーンライトながらですが、相変わらず運行日がだいぶ少なくなっています。下りの東京発大垣行きが3月16日~24日、上りの大垣発東京行きが1日遅れて17日~25日のわずか9日間のみの運転となっています。10年前、私が鉄道旅行を始めた頃は毎日定期列車として運転していたので、それを思うとだいぶ少なくなってしまいましたね。まぁ「確実に満席にできる」春分の日の祝日を中心とした運行のみになったと言えるでしょう。下りと上りで運転日がずれているのは簡単な話で、JR東日本の車両を使っているからなんです。185系という国鉄末期の特急型車両ですが、JR東日本が所有しています。なので、東京側から出発して折り返して戻っていくという形なんですね。車両もいい加減古さが否めなくなってきてはいますが、代替されることがなければ廃止されてしまうかもしれません。民営化以降、各社が独自に車両を設計するようになったので、新しい車両で置き換えるとなればそのために乗務員訓練を行わなければなりません。しかし、年に30日運転するかどうかというレベルの臨時列車のために乗務員訓練する価値があるかと言えば、微妙なところです。185系自体はJR東日本しか所有していないのですが、同時期に似たような設計で普通列車向けの117系が製造されました。117系はわりと最近までJR東海も所有していましたので、運転上の問題はさほどないでしょう。

今のムーンライトながらは10両で運転されていて、ざっと1両の定員は50人くらいでしょうか、満席で500人ほどとなります。指定席料金は520円ですが、消費税を除いてざっと1席あたり500円、列車全体で250000円の収入になります(乗車券はほとんど18きっぷでしょうし、列車の収入とは考えないことにします)。正直わざわざ走らせる価値があるかは微妙なところですね。

ムーンライトながらと同じようにかつては毎日運転されていて、同時期に臨時列車化し廃止されてしまった列車として新宿と新潟を結んでいた「ムーンライトえちご」というのがあります。あちらはJR東日本単独で運転していたので運用上の問題は少なかったはずですが、臨時列車化後早々に廃止されてしまいました。命運を分けた差はなんだと思いますか?

夜行列車を運転するのは簡単な話ではありません。夜間には線路の保線業務も頻繁に行われています。が、それは「ながら」も「えちご」も同じこと。そもそも、東海道本線も上越線も夜中は貨物列車が走っているので、もともと保線はその合間を縫って行われています(上越線の貨物列車はだいぶ少なくなってしまいましたが)。決定的な差は、「乗客を乗せて走る夜行列車」の有無でした。

ムーンライトながらは、東京と大垣の途中、品川、横浜、小田原(下りのみ)、沼津、静岡、浜松、豊橋(上りのみ)、名古屋、岐阜にとまります。上りでも下りでも、だいたい沼津、静岡、浜松の各駅が深夜時間帯にかかります。下りの沼津と上りの浜松は一般の最終列車が終わるかどうかというぎりぎりの時間帯で、それ以外は完全に深夜帯になります。仮にも駅にとまって乗客の乗り降りができるようになっているわけですから、駅のシャッターも開けなければなりませんし改札も動かさなければいけません。何より、駅係員が起きて働いていなければなりません。深夜ですから、賃金も割増しになり人件費に響いてきます。ムーンライトえちごの場合、高崎や長岡で深夜早朝に停車していました。

たった10日間のためだけに夜中に駅を開けるなんて、非効率極まりないと思いません?ところが、東海道本線にはそうではない事情があるのです。そう、もともと夜行列車「サンライズ出雲・瀬戸」が走っているのです。サンライズ出雲・瀬戸は毎日運転されている列車ですから、停車駅は毎日夜中でも開けられています。静岡県内では、上りは静岡、富士、沼津、熱海に、下りはそれらに加えて浜松にも停車しています。とはいえ、サンライズが走っている時間帯はムーンライトながらよりも1~2時間早く、時間帯は被っていないのでは……?

と思いきや、実は被っているのです。「上りのムーンライトながら」と「下りのサンライズ」がそれぞれ被っている時間帯があるのです。具体的には浜松駅付近で、東京行きながらが0時55分に発車したあと、岡山方面行サンライズが1時12分に発車します。静岡などほかの駅ではずれてきますが、もともと「遅れの影響を引きずりやすい」という特性がある長距離夜行列車ですから、必ずしも定刻通り駅を閉められるわけではありません。もちろん、ムーンライトながらのためにわざわざいつもは開けていない時間帯にも駅を開けているという事実は変わりませんが、「0から係員を設定する」のと比べて「開けている時間を延ばす」ほうが遥かに簡単でしょう。

一方上越線はどうだったかというと、かつては寝台特急「北陸」「あけぼの」や急行「能登」といった列車が走っていました。が、全て廃止されてしまいました。定期列車として廃止されたのは「能登」と「北陸」が2010年、「あけぼの」が2014年のことです。ムーンライトえちごが臨時列車になったのが2009年、臨時列車としても2014年春を以って完全に終了してしまいました。全ての列車が、同時期に運転をやめてしまうという結末になっています。

この上越線夜行列車が廃止された時期、というより私が鉄道旅行を始めてからの10年間で、大量の夜行列車が廃止されてしまいました。というより、ほぼ絶滅にまで追い込まれてしまいました。定期列車として運転されているのはもはや前述の「サンライズ出雲・瀬戸」しかありません。最後の砦だった北海道方面も、北海道新幹線開業と同時にまとめて廃止されました。やはり、1本だけ残すというようなやり方は非効率で、なくすなら全部なくしてしまうしかないのです。もちろん車両の老朽化というそもそもの問題もありますが、新型車両が製造されないということは、するほどの価値がないということでもあります。

日本とユーラシア大陸をはさんで向こう側に位置する島国のイギリス、あちらももはや夜行列車はロンドンから北へ向かう列車と南西へ向かう列車の2系統しか残っていません。ですが、一部列車では新規の客車製造も決まっています。日本で唯一残っているサンライズも車両が新しかったからこそ残せたのでしょう。今後ともできるだけ長く残ってほしいとは思いますが、果たしていつまで実現できるでしょうか……。残すためには、まず利用しないといけませんね。私はまだサンライズは1度しか乗ったことがありません(しかも大阪から東京までだけ)。

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