ツイッターでたびたび女性専用車両に関する話題があがってきます。痴漢対策だとか逆に免罪対策だとか、何かと波紋を呼ぶ話題なのですが、一人の鉄道好きとして避けて通れる話題でもないので、あまり知られていない女性専用車両の設定理由をここに書いておきたいと思います。
現代の女性専用車両は、2000年に京王線で試験的に実施したのが初めてだとされています。「現代の」とあえて書くのは、明治・大正期にも「婦人専用車両」というのが国電で実施されていたからなのです。今では各地に広がりを見せていますが、基本的に都市圏のみで実施されており、その中でも限られた路線でしか設定されていません。普通の人からすれば「なんでここにはあってここにはないの?」と疑問に思うところもあるでしょうが、されないのはほとんどが「鉄道車両の運用」の問題なのです。
私の地元、JR西日本では「終日専用車」という形で曜日や時間を問わず常に設定されています。大阪では、地下鉄御堂筋線でも平日限定で終日設定されています。一方、そのほかの大半の鉄道会社では基本的に「平日のみ、朝(もしくは朝と夕)のラッシュ時限定」で実施されています。
実は私、平日の朝に鉄道を利用することはほとんどないのですが、たまに利用するときは女性専用車両が設定されているのかいないのか、結構混乱してしまいます。その点、JR西日本は毎日終日実施なのでわかりやすいです。とはいっても、そもそも会社によって、また同じ鉄道会社の中でも種別(普通か急行か、など)や時間帯、編成両数によってばらばらなので(統一された基準がないので)乗るときに注意するしかありません。
とりわけ痴漢の報告が多かった埼京線では、各編成の1号車に防犯カメラが設置されています。埼京線の女性専用車両は10号車なので、逆側になっています。「編成の中でどの車両を女性専用車両にするか」も鉄道会社によってばらばらです。関東の鉄道会社では両端どちらかの先頭車両があてられる場合が多いようです。
一方、JR西日本では「編成のなるべく真ん中の車両」が女性専用車両になるようにされています。大阪環状線、阪和線、大和路線といった6両や8両の編成が使われる路線では、6両の場合前から3(もしくは4)両目が、8両の場合前から4(もしくは5)両目が女性専用車両になっています。7両編成が使われるJR京都・神戸・宝塚線、学研都市線、JR東西線といった路線では、真ん中の4両目が……と言いたいところなのですが、そうはならず前から3(もしくは5)両目が女性専用車両となっています。
どうして真ん中ではないのかというと、学研都市線ではかつて京田辺駅で分割が行われており、4両と3両で切り離せるようになっていました。そのため、7両のとき真ん中の車両を女性専用車両にしてしまうと、切り離したとき先頭車両がそれにあたってしまうのです。なので、4両編成を基準に設定されました。今では切り離す列車はなくなってしまいましたけどね。
こういった事情から分かるように、女性専用車両の設定には「車両運用」による制約が非常に大きくなっています。ほかの路線との乗り入れがなく、全列車の編成が同じ路線(地下鉄路線、たとえば御堂筋線のような路線)では設定しやすいのですが、そうでない路線では一部にしか設定しづらいのです。これはホームドア設置と同じだと言えるでしょう。
東京など、10両編成の列車で設定されているところもありますし、中には4両のうち1両が女性専用車両というところもあります。前者ではその割合が10%なのに対し、後者は25%。「半分だけ専用車」というのは不可能に近いのですが、「一票の格差」ならぬ「一両の格差」ともいえる状況です。もちろん利用者数も本数も路線によってばらばらなので、これだけで良し悪しを判断することはできません。半分というわけではないですが、とある事件のあったJR西日本の特急列車では「女性専用席」というものが設定されています。これは、特急列車の座席のうち、指定席車両の一部の区画だけが女性専用というものです。
さて、女性専用車両のことが話題になると、たびたび「男性専用車も作ったらいい」という声が上がってきます。が、これは現実的には難しいことだと思います。前述の車両運用の問題も大きいのですが、「女性専用車」にだけあるメリットがあるのです。
http://www.jcomm.co.jp/transit/price/media_guide/2017_2nd/pdf/mg_61_62.pdf
これは、JR西日本の車内広告に関する料金表です。車内にある液晶画面でCMを流す場合の料金なのですが、注目してほしいのは「女性専用車両」にだけ放送するための料金設定があることです。こういった車内広告の類は基本的にどの車両も同じものが貼りだされるのですが、ほかの一般車両には設定せず女性専用車両でだけ広告できるようになっているのです。
http://www.jcomm.co.jp/transit/price/media_guide/2017_2nd/pdf/mg_66.pdf
こちらは「ADトレイン」といって車内の広告を全部1社で独占できるプランですが、こちらにも「女性専用車両だけ」という料金設定があります。男性の利用者はふつうは目にする機会がないので実感することはないと思いますが、実は「女性専用車両にしかない広告」というのが数多くあるのです。
http://www.jeki.co.jp/transit/mediaguide/pdf/PL23.pdf
こちらはJR東日本ですが、やはり女性専用車両向けの広告料金設定があります。JR西日本と違ってJR東日本の女性専用車両は時間帯限定なので、男性でも乗ることができます。乗れる時間帯に見てもらえれば分かると思いますが、明らかに他の車両とは雰囲気が違います。それは、広告の内容が違っていたからなんですね。
さて、これがどうして「男性専用車両」ではできない「女性専用車両」だけのメリットなのかというと、もともと通勤人口は圧倒的に男性の方が多く、わざわざ男性向けに広告を設定しなくても最初から男性ばかりが利用しているからなんです。あくまで通勤時間帯だけの話で、ほかの時間帯も含めれば男女比はあまり関係なくなってきますが、利用者の多い通勤ラッシュ時の方がはるかに広告訴求効果が高いのです。女性専用車両ではない一般車両を見ていただければ分かると思いますが、シェーバーのような家電であるとか、週刊誌にしても単行本にしても、男性をターゲットにした広告というのは元々多めなのです。だからこそ、わざわざ女性に限定して広告を打つメリットがあるのです。
とはいっても、本来このメリットは主従関係の「従」であるはず。あくまで快適な車内空間を届けるための一つの方策として女性専用車両が生まれたわけですが、それについてきて生まれた「従」のメリットがいつの間にかなくてはならないほど大きくなってきたのです。逆転するほど広告のメリットが大きいというわけではないのですが、かといって今更なくすこともできません。
専用車両などなくてもなんの犯罪もおきないのであれば、それに越したことはないでしょう。私は特に専用車両に関して良し悪しは感じていません。ただ、単に犯罪対策というだけではない女性専用車両の側面があることを多くの人に知っていただきたいと思っています。