毎年、1月~2月の大学受験シーズンになるとたびたび「温情停車」が話題になります。
私が小学生だったころに当時読んでいた小学生新聞で知ったのですが、試験会場に向かうため東北新幹線を使っていた受験生が、目的の駅を通過する列車に乗ってしまい、通り過ぎた先の駅に臨時停車しそこから折り返し、なんとか試験開始に間に合った、という出来事がありました。今でも検索するとこの件が引っかかります。
東北新幹線 受験生、停車駅勘違いで“温情停車”
JR東日本が2日、東北学院大(本部仙台市)の入学試験会場に向かう際に間違った東北新幹線に乗った福島市の男子高校生のため、本来止まらない駅に特例で停車させたことが分かった。高校生は試験の開始時刻に間に合ったという。
同大とJRによると、この生徒は経済学部に出願。郡山市の地方会場で受験しようと、福島駅から午前8時18分発の上りMaxやまびこ104号に乗ったが、郡山駅には停車しないことに気付き、慌てて車掌に相談した。
JR側は一度は無理と断った。しかし、後続列車のダイヤに影響が出ないことを確認し、車内放送で乗客に断った上で、本来通過するはずの宇都宮駅に特別に停車、受験生を下車させた。終点の東京駅には3分遅れで到着した。
生徒は下りの新幹線で郡山に向かい、試験開始時刻の午前10時半前に会場に到着。無事に試験を受けたという。
JR東日本は「今回のケースはあくまで特例。停車駅をきちんと確認してもらえるといいのですが」と話している。
この記事の「2日」というのは2005年2月2日のことで、もう13年も前のことになります。当時私は小学5年生でした。
福島から新幹線で1駅だけ隣りの郡山に向かうはずが、乗った列車は郡山を通過する列車で、本来であれば次の停車駅は大宮(埼玉県)でした。恐らく大宮まで行って折り返していたら到底間に合わなかったでしょう。この受験生は郡山を通過したことに気付いたあと、本来通過する予定だった宇都宮で降り、折り返しています。郡山に臨時停車したわけではなく、通り過ぎてから折り返しています(新白河、那須塩原も通過しています)。
どちらかというと、この話はある種の美談として語られているような気がします。私も列車をとめたことは咎められるようなことではなく、むしろほかの乗客の寛容さにあぁこの国の人々も捨てたもんじゃないんだなと今でもほっとした気持ちになります。しかし、問題はそこではありません。
私が問いたいのは、「どうして大事な日に乗る列車で指定席を買わなかったのか」ということです。
記事の内容から分かりますが、この受験生は99%指定席ではなく自由席を利用していたことと思います(指定席を買っていたがそもそも乗り間違えたというわけではない場合)。なぜか分かりますか?答えは簡単。
指定席であれば、通過する駅のきっぷは買えません。それだけです。
指定席は1つ1つの座席単位で買うことになります。当然、買うときにどの列車に乗るかを決めなければなりません。もしこのとききっぷを買うときに指定席にしており、仮に「8時18発のMAXやまびこ104号で郡山まで」と言って買おうとすれば、「郡山は通過するので買えません」と言われて気付いていたことでしょう。
自由席を買ってしまった事情は多少は分かります。確かに新幹線では福島と郡山は隣りの駅ですから、特定特急券といって自由席特急券が900円程度で買えます。今の値段では、福島~郡山の自由席特急券は860円、対して指定席特急券は2360円とかなり割高です(2005年当時は消費税が5%だったので今とは値段が違います)。ですが、考えてみてください。
頼んだからといって通過駅に絶対とめてもらえるわけではありません(実際一度断られているようですし)。1500円をケチって受験に失敗したいですか?指定席の差額1500円と、受験に遅刻しないこと、どちらが大事ですか?
もちろん、自由席にしたとしても、きちんと乗る列車の時刻や停車駅を前もって調べておけば何の問題も起きません。ですが、全ての受験生が私のように鉄道に詳しいわけではありません。そもそも自由席と指定席の違いを知らなかったかもしれません。
これは受験生に限らず誰にでもあてはまることですが、私が声を大にして言いたいことがあります。それは、「安心は金で買える」ということです。この温情停車の件もそうですが、ほかにもいろいろな場合で同じことが言えます。
例えば、海外旅行。日本に来る外国人に対してもそうですし、海外に行く日本人旅行者に対してもそうです。だいたいどんな場合でも、安いものは高いものに比べると制約がきつく、サービス内容が複雑で分かりにくいことが多いのです。その筆頭がLCC(格安航空会社)。大手航空会社はもちろん高いですが、荷物の預かりや機内食なども初めからきっぷ代に含まれています。対してほとんどのLCCでは預け入れ荷物や機内食は別料金となっています。それだけならまだ良いのですが、遅延した場合や欠航した場合でもなんの補償もないことが多いのです。あなたが海外旅行をしているとき、もし悪天候などのため飛行機が欠航してしまい、予定していた行程ができず、泊まるホテルもないまま深夜の空港に取り残されたらどうしますか……?
安いことは確かに大きな魅力を秘めています。ですがはっきりと言えます。安いものを買って良い人は、そういった「”事故”を楽しめる状況にいる人」だけです。日本に帰国できるかも分からないような海外旅行者や、人生の大事なとき、受験や就職の際に安物を買ってはいけないのです。
この受験生が試験でどういう結果を残せたかは、本人や周りの人以外知ることはありません。ですが、私が思うにもし受験に失敗してしまったら、原因が単に勉強や知識の不足だったとしても「もしあのとき乗り間違えて慌てていなかったら合格していたのかもなぁ」と後悔してしまうのではないでしょうか。ずっと勉強していたのに乗り間違いが試験結果に響くなんて、馬鹿らしいと思いませんか?大事なときほど、本来の目的以外の不安要素はなくすべきなのです。
ただ、金で買えないパターンの「温情停車」もあります。2003年のことですが、高校受験のため蘇我から西千葉(総武緩行線)に向かおうとしていた女子中学生が間違えて京葉線、しかも八丁堀までとまらない通勤快速に乗ってしまい、新木場で臨時停車したという事件です(現在の通勤快速とは停車駅が異なります)。あるサイトの考察によれば案内が分かりにくいという要因はあったものの、対処法は「乗り方や案内放送の聞き方を知っておく」以外にどうしようもありません。
時が流れ、東北新幹線のダイヤも変わりましたが、この「福島に停車して郡山を通過する列車」は今も残っています。2017年3月改正のダイヤで、福島8時14分発のやまびこ122号(および福島から併結して走るつばさ122号)は、郡山や宇都宮を通過し大宮までとまりません。
受験生にとっては厳しいことかもしれませんが、公共交通の利用に不慣れだからといって誰も容赦してくれません。使い方を知っていなければ間違った行動をしてしまうことは誰にでもありえます。ですがそれは公共交通に限ったことではありません。自転車や自動車を運転して事故を起こしたとしても、「その交通ルールは知らなかった」というのは通用しません。知らないことそのものが罪なのです。もちろん「受験会場に遅刻しそうだから自転車で急いでいて事故を起こした」といっても許されるわけがありません。列車の乗り間違えもそれと同じです。
第一に、余裕をもって、安心を買うこと。第二に、普段からいろんなことを知ろうとすること。それがこの世を生きやすくする最善の方法です。