鉄道車両を船で運ぶという「車両航送」という手段

「車両航送」。それは、船の中に車両を載せて海や川を越えることです。今の時代の日本で「車両航送」といえば、ほとんどの人は自動車を載せて運ぶカーフェリーを想像すると思います。たとえば、津軽海峡には道路橋や道路トンネルがないため、本州と北海道の間を自動車で行き来するには船を使うしかありません。二輪車でツーリングする人や、貨物用のトラックで利用する人も多いでしょう。船に自動車を乗せるのは単に橋やトンネルがないからというだけの理由ではありません。長距離トラックドライバーにとって、船に乗っている間は休憩をとれる貴重な時間なのです。

しかし船に乗せられる車両というのは自動車やバイクだけではありません。今となっては全く想像できませんが、鉄道車両も船に乗せて運んでいました。日本の場合、北海道と本州を結ぶ青函連絡船、そして四国と本州を結ぶ宇高連絡線が有名でした。どちらも、青函トンネルと瀬戸大橋の開通によって「鉄道連絡線」としての使命は失われましたが、今でもフェリーの運航は別会社によって続けられています。

この鉄道車両航送ですが、実は旅客輸送をやめたのは青函トンネルや瀬戸大橋が開通したからではありません。開通したとき、既に旅客向けの車両航送は行われていませんでした。直接の原因は、洞爺丸事故や紫雲丸事故がきっかけです。一方、貨車の航送は連絡線の廃止まで続けられていました。旅客、つまり人間は自ら歩いて列車と船を乗り換えることができますが、貨物は勝手に動けません。また、車扱貨物として貨車1両1両が個別の行先をもっていたからということもあります。貨車は船に乗せられて自由に全国を行き来していたのです。中には、特別に「道外禁止」として北海道内のみの運用に制限されていた貨車もありますが。

今、日本で鉄道車両を船で輸送するというのは、新製された車両の輸送ぐらいでしか見られません。国内で製造された外国向け車両の場合もありますし、中には川崎重工(神戸)で製造されたJR東日本向け新幹線車両が仙内まで輸送されるというパターンもあります。新幹線車両は車体幅の問題で在来線経由輸送ができず(ミニ新幹線車両は別台車を用いて在来線輸送しますが)、また神戸から仙台まで自動車に乗せて運ぶというのもあまり現実的ではないからです。

というように、日本ではとっくに廃止されてしまった鉄道車両航送ですが、諸外国ではまだ見られる国があります。近いところでは中国。中国南部の島・海南島の都市は海口と、対岸の中国本土とを結ぶ列車が船で輸送されています。この列車は船を経由して、海南島を縦断し島南部の都市三亚(三亜)まで走っています。

遠くヨーロッパでは、2つの列車が有名です。1つは、イタリア本土と南部のシチリア島とを結ぶ連絡線。海南島にしてもシチリア島にしても、長距離夜行列車であるという共通点があります。寝台がある夜行列車ですから、列車と船を歩いて乗り換えるのは乗客の負担がより増えることになるので車両ごと船に乗せてしまっているわけです。

一方ヨーロッパで有名なもう1つの列車は、デンマークの首都コペンハーゲンとドイツ北部の大都市ハンブルクを結ぶ列車。渡り鳥ルートとも呼ばれているこの列車は所要時間5時間ほどの昼行列車です。船に乗って国境を越えることになります。しかも、1日に4往復前後という高頻度で旅客列車の車両航送が行われています。こちらの列車は、2016年11月に私も乗車してきました。

乗客が車両に乗ったまま、列車は自走して船に入っていきますが、船内では乗客は車両を降りて船の客室に移動しなければなりません。船に乗っている時間は30分程度と短いですが、乗客は船内のレストランで食事をすることもできます。デンマークとドイツでは通貨が異なるのですが、船内に両替所もあります。またこの船は列車の乗客専用ではなく、ほかの利用者や自動車も一緒に乗り込んできます。

ちなみに、この写真の車両(ICE-TD)は2017年に引退し、現在はIC3という車両のみがこのルートで使われています。渡り鳥ルートは、今後橋の建設によって車両航送が終了になる見込みです。今のところ橋が完成する正式な予定は決まっていないようですが、今後10年以内になくなってもおかしくない状況が続いています。日本ではもう車両航送は体験できませんし、ヨーロッパで鉄道旅行をするならぜひ計画に入れたいおすすめのルートです。

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